子供のころ

2〜3日前から、別の話題で記事を書こうとしていたのですが、開発者にとってのニュース速報があったので、今回はこちらの話題で行きます。

落語の三遊亭円歌さんが亡くなったという報に接しました。

開発者が小学生のころに、なってみたい職業がいくつかありましたkyu

今も昔も男の子に人気の職業として、電車の運転士あひゃネコがありますが、開発者も多くの例にもれずという感じでありました。当時の国電(総武線沿線でした)に一人で乗れば、必ず先頭に行って、運転の様子をまじまじと見ておりました。

当時は日曜日ごとに、お茶の水に会場があった「進学教室」なるものに通ったのも、何割かは堂々と電車電車に乗れるぞという楽しみ込みでした。進学教室では物慣れた友人ができて、駅から降りなければ適当に乗り越しして、電車の旅を楽しめるということを教わりました。その友人と千葉を超えて内房線にいくつか行ったときは、さすがにビビり汗aseましたね。

そう!開発者の鉄ちゃんは、小学校時の進学教室で鍛えられた手のでした。

本来は「学校よりも進んだ勉強」をしに行くはずなのですが、このような不純な動機わーいだったので、まあ勉強の方はホドホドでございましたな。

実はもう一つ興味を持っていた仕事が、何を隠そう落語家寄席でした。

人を笑わせたら楽しいだろうなという、ごくごく単純な動機でしたが、後に事情を知って動機は息切れへと変わりました。

厳しい徒弟制度があって、才能も含めて、そう簡単ではなさそうと知ったのです。開発者ってば根性ないよね。うん!!

 

根性はともかくと勝手にさて置きまして、小学校3・4年のころ当時の歌奴(もちろん円歌さんの真打前の名前)の落語を、テレビでよく観ておりまして、自分本位のゆるーーーーい基準で言えば、一応「マクラからオチまで完コピ」しておりました。

ホント、落語って聞いても友人相手に「そっと」まねっこ口演しても楽しかったです。

演目は上の画像にもある「浪曲社長」が、幼き開発者のお気に入りでした。

ご多忙と五家宝(熊谷の銘菓)を混同するなよ・・なんてのもありました(おそらく90%以上の方は分からないかと・・ごめんくさい謝罪

三遊亭歌奴の存在は、開発者の「相手されなくても、ともかく会話にギャグを入れる」というポリシー?の出発点でした。

まあ、ともかく当時の歌奴さんは開発者の最初のヒーローヒーローだったのです。

ちなみにウルトラマンウルトラマンは彼の後から来たヒーローです。

 

心よりご冥福をお祈りいたしますクッキーモンスター


 


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