さらば485系

題名の通り、今回は鉄ちゃんネタホットコーヒーです。

先日のニュースで、旧国鉄カラー車両の代表選手である、485系ラストランの話題テレビがありました。

いろいろな特急に使用されていますが、開発者が住んでいる東北地方にかかわりのある「はつかり」中心に語りますよ~。

←東北本線で長い間お勤めをされていた特急はつかりであります

初めて特急はつかりに乗ったのは、大学2年の時でした。山のクラブ富士山におりました開発者は、石狩・大雪山系での夏合宿に参加し、上野発の夜行列車・・でない、真昼の列車で青森まで行きました。上野発が午前9時半で、青森着が夕方の6時ころだったように記憶しています。(手抜きして調査しておりません)当時の感想は、仙台までは早く着いた気がしましたが、その先の長いこと長いこと・・ううっ・・しょんぼりというものでした。

ちなみに、その後は青函連絡船で誰かに「あれが竜飛岬」と教わり、夜半に函館で急行すずらんに乗り換えて、早朝札幌着。その後急行狩勝に乗って帯広、そこから今はない士幌線で十勝三俣。積まれた材木が印象的だった駅前から、トラックの荷台に積まれで登山口まで数十分かかり、そこから2時間歩いてようやく登山口!でありました。

上野駅から登山口まで30時間以上のアプローチびっくりでした。

ここまでしっかりお読みになったあなたはエライ!拍手大多数の方は飛ばし読みですよね。

 

次に、当時は想像すらしていなかった、岩手に住まいすることになった後の、485系での出来事をお話しします。

1994年12月28日ゆき午後9時過ぎ、三陸はるか沖地震に特急はつかり車内で遭遇しました。八戸が震度6でビルがつぶれて、死者やけが人病院が出ました。この20日後に阪神淡路大震災が起きています。

この時は列車に缶詰状態になりまして、翌日午前3時過ぎあたりに、運転席から脱出したことを鮮明に覚えています。

走っていた場所は恐らく震度5レベルでしょうが、地震そのものは感じませんでした。列車が停止してからの余震はよくわかりましたね。この後に現在のような「震度5・6」に「強・弱」が設定見るされたのでした。

 

ラストエピソードは、今年春に函館へ新幹線新幹線が伸びる直前のことです。まったくの趣味で485系が走っていた青森⇔函館の特急白鳥に、新青森駅と青森駅の一駅だけ乗りました。

←3000番と呼ばれ、こんな風に化粧直し化粧しています。

珍しく?淡々と語ってしまいましたが、開発者にとっての「特急列車」といえば、やはりこの485系なんです。恐らくデザイン的には寝台列車兼用の583系のほうが優れているのでしょうが、まあそれは別のお話ですクッキーモンスター                  これが583系はつかりです↓          

おまけの話:文芸春秋の今月号巻頭エッセイに、開発者の仲人さんの文章がありましたきゃvネコ


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